新しいSubstackでのライフハック・ジャーナルの購読ありがとうございます。
先週、最初の記事を発行してから多くの人が登録してくださいましたので、大半にとってはこれが最初のSubstackのメールになると思います。
前回の最後にも書きましたが、まだまだGmailのスパムフィルターはSubstackのメールを迷惑メールに指定することがありますので、もしそういった場合にはフィルターを作成して指定のフォルダに格納されるようにしてみてください。
というわけで今週も気になった話題について紹介していこうと思います。今週はAppleとFacebookのあいだに持ち上がったアプリのプライバシー表示をめぐる戦いの話題です。
プライバシーをめぐるAppleとFacebookの戦い
今週もさまざまなニュースがありましたが、ちょっと目立たないながらも注目していたものに「FacebookがAppleを非難する新聞広告を掲載」というものがありました。
Facebook Attacks Apple Software Changes in Newspaper Ads | Bloomberg
この広告は New York Times、Wall Street Journal、Washington Post の三紙に掲載されたもので、“We’re standing up to Apple for small businesses everywhere” つまり「私たちはすべての小さな企業のためにAppleに抵抗する」という主張をしています。
問題となっているのは、Apple が今年の9月に開発者向けに提示し、iOS14 のなかに実装済みのプライバシー警告機能です。
Apple delays privacy feature that would let iPhone owners keep ad tracking at bay | Verge
たとえば iPhoneで位置情報APIを利用しているアプリを立ち上げた場合、自動的にプライバシーの確認をするポップアップが表示されるのにはだいたいのかたが慣れていると思います。
アプリが位置情報にアクセスするのを許可するか、その許可はアプリを立ち上げているときだけか、それともバックグラウンドで常に位置情報を利用することを許可するかといった粒度で指定することができます。
この機能を拡張する形で、 iOS14 ではさまざまな個人情報のトラッキングを行う場合にアプリがその許可を求める機能が実装されているのです。ただし、その機能を強制するのは来年、2021年になってからと告知されていました。
具体的にどういったプライバシー情報に対する警告が必要になるかはAppleの以下のページに詳しく書かれていますが、名前、メールアドレス、住所といった当たり前のものから、位置情報、健康情報、クレジットカードなどの決済情報といったものも含まれています。また、アプリに対して入力する文章、写真といったコンテンツに対する許可もプライバシー情報の一部として掲載されています。
App privacy details on the App Store | Apple
Facebookが問題にしているのはこのリストの後半、Usage Data の箇所であるといわれています。ここには、アプリのなかのタップ、スクロール情報、動画の視聴、アプリとのインタラクションに関わるデータ、広告データなどが明示されています。
Facebookアプリを使っていると気づくと思いますが、たとえばアプリのなかでクリックしたリンクは、アプリ内のブラウザで表示され、そこにはSafriなどに組み込まれているコンテンツブロッカーの影響は及びません。
デスクトップ版のChromeやSafariでリンクを開く場合にはそもそもAdBlockerでブロックしているか、プライバシーモードで開くのでトラッキングをさせないという人もいると思いますが、Facebookアプリのなかでリンクを開く場合にはそうしたことができないわけです。
そのせいもあって、私がスマートフォン内でもっとも広告を見るのはFacebookアプリ内ですし、その数は記事の分量とほぼ同じくらいといっていいほど大量になっています。
しかもそうした記事をタップしたあとで、即座にFacebookの広告アルゴリズムが反応して広告を変更していきます。ユーザーにとっては利便性といえなくもありませんが、あまりにしつこいとそれは監視に基づいていると言われかねない一面ももっているわけです。


そこで、この新聞広告の話題になるわけです。Facebookの側からみると、自身のプラットフォーム上でパーソナライズされた広告を掲載できるかどうかは何百万ものビジネスユーザーにとって死活問題であり、その最も大きな影響をうけるのは中小規模の企業です。
広告では、Appleのプライバシー保護機能はこうした企業の活動を阻害するものであり、Facebookはそれに抵抗するとしています。
Apple defends upcoming privacy changes as ‘standing up for our users’ | Verge
逆にAppleの側は、自分たちの予定している機能こそユーザーを保護するものであり、ユーザーは自分の入力や行動に基づく情報がどのように利用されるのかについて知る権利があると声明を発表しています。
Facebookはすでに2つ目の新聞広告を準備しており、そのなかで「このままでは我々が知るインターネットは永遠に変わってしまうだろう」としています。
分の悪いFacebook。Appleの意図は?
この一連の流れをみていると、そもそもなぜ新聞広告? なんだか無理がない? といったことが気になります。
Facebookにはそもそも「中小企業のために立ち上がる」というイメージはあまりありませんし、この新聞広告にもそれほどそれを信じてもらえるとは思っていない、「一応言い訳はしたからね」といった投げやりさすら感じられます。
それに対してAppleの返答はぐうの音も出ないほどの正論で、これはほとんど最初から勝負が決まっているやりとりにすらみえます。
しかしAppleのプライバシー保護機能も見た目そのとおりのものとは言えません。一見、プライバシー保護はユーザーにとって良いことにみえますが、実際に使ってみると頻繁に、しかも設定しても繰り返し再表示されるポップアップはユーザーに対してかなり不便なものです。
ここで注意したいのは、何度も何度もポップアップが表示されるうちに、ユーザーは「自分のデータを保護しよう」という方向に学習が強化されてゆく可能性がある点です。そうしているうちに、ユーザーはしだいに信頼しているアプリ以外についてはデータを渡さない、厳しい設定に落ち着いてゆく可能性があります。
そうなったときに得をするのはだれかというと、もちろんデバイスのなかでその情報を守っているAppleです。
昔の話の流れを知っている人は、この話題がどこかでネット中立性を逆さまにしたのと似ていることに気づくと思います。
ネット中立性 Net Neutrality はさまざまな話題が絡んでいますが、その一つにパケットや回線に対する検閲を行わないという考え方があります。どんな目的のための通信化を調べたうえでそのユーザーに広告を表示することや、お金を払っている大口顧客のためにパケットを優先するといったことをしないというものです。
こうしたルールが適用されれば通信事業者はいわば「土管」になり、ユーザーの情報を知っている、より上位レイヤーの事業者のほうが優位になります。今回の場合は、もしiOSのなかでアプリがユーザーデータを自由に集めてサービスを構築できると、いわばiPhoneが土管化してしまうという構図になります。
Appleの今回の機能に対して批判的な立場のひとは、Appleがプライバシーの名のもとにユーザー情報という利用価値の高い資産を自身の管理下に置こうとしているのではないかと指摘します。
A new email startup says Apple’s shaking it down for a cut of its subscriptions | protocol
そして、どのようにビジネスをおこなうことができるのか自体を管理下においたAppleがどのような手段にでるかは、メールサービス Heyや:
Apple just kicked Fortnite off the App Store | Verge
Fortnite の Epic Games との戦いでも私たちは知ることができます。
この新しいプライバシー機能についてはWalt Mossberg氏が “At last! In my view, we should have a law requiring explicit opt-ins for the collection of personal data.” と歓迎したのに私も同意で、基本的にはユーザーとして歓迎できるものです。


しかしこの話題が本当にプライバシーを守るためだけのものではなく、Facebookといったプラットフォームの持っている競争力を削ぎ、競争力をデバイスレベルで保持するためのものであるという視点は必要です。
デバイスという、ユーザーにアクセスするための門を守っているゲートキーパーの本当の意図について、警戒をおこたってはいけないのです。
今週の更新から
今週はいろいろとうしろで準備ばかりをしていて、あまり活発にコンテンツを生み出せていませんでした。noteの「ライフハック・ジャーナル」にけじめを付けて、本格的に2021年の準備をしたいところですね。
ライフハックLiveshowについては先日400回を迎えまして、地味に回数を伸ばしています。明日の日曜には久しぶりにゲストを迎えての放送となりますので、ぜひ生放送で視聴いただければと思います。
日曜日よる22時から、私のチャンネルを登録しておいていただければ通知がいくと思います。
今週の読書
今週はここしばらく続けている、20年ぶりほどになるウンベルト・エーコの「フーコーの振り子」再読を継続しています。
基本的には英訳を読みつつ、それに対して和訳を対照させ、それでもわからない場所についてはようやく届いた秘密兵器であるこちらを投入しています。



どうしてここまでしなければいけないかというと、エーコのこの本はあまりにたくさんの元ネタがわからない冗談が含まれているために、和訳も拾い切れていないからです。たとえば37章でヤコポ・ベルボが酔った勢いで主人公にまくしたてるシーンで:
彼らに瞑想のビデオやオートバイのマニア雑誌を売りつけ、やれ禅だ、やれイージーライダーだと叫んで連中を痴呆症にしようとしているのですからね
と和訳に書かれている箇所は、英訳では:
…sold them videocassettes and fanzines, brainwashed them with Zen and the art of motorcycle maintenance.
になっています。
「禅とオートバイ修理技術」を引用符なしで引き合いに出しているのを、和訳では拾えていないようにみえるのです。これが本当に書名を引用したもので、英訳者が原テクストから逸脱していないかを調べるためには、イタリア語版を調べるしかありません。そこは:
…gli vendete videocassette e fanzines, li rimbecillite con lo zen e la manutenzione della motocicletta.
となっています。「禅とオートバイ修理技術」のイタリア語の題名は “Zen e l’arte della manutenzione della motocicletta” ですので、“arte della” つまり “art of” の部分が足りません。
エーコが英語の原題を知らなかったなどということは考えにくいですので、これは酔っ払ったヤコポが書名を端折っているとみるべきです。
つまり英訳者は英語圏の読み手が書名に気づくように元のテキストにはなかった “art of” を付け加えていますし、和訳はそもそもそれが書名だと気づいていないフシがあるということになります。
日本語訳の題名が “art of” というニュアンスをそもそも訳しきれていない題名であることを考えると、偶然もあいまって二重三重にも複雑な共鳴が発生します。
そしてこれはたった一箇所の一行に過ぎず、こうしたネタが今回読んだだけでも数十箇所あるのです。
楽しいのですが、これは体力も人生も消耗する読み方で、なかなかすべての本に対して可能なことではありません。
この、私にとってとても大切な一冊だからこそかけることができる濃厚な時間を、一行一行について楽しんでいるところです。
ではまた次回!