今週は情報のインプットについて考えていました。
「女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分一人の部屋を持たねばならない」この、ヴァージニア・ウルフの「自分ひとりの部屋」の言葉はたいへん有名で、拙著「知的生活の設計」の方向性を導いてくれた言葉でもあります。
これと似てはいるものの、しかしスコープがより大きな議論を、地理学者のイーフー・トゥアンが名著「個人空間の誕生」で展開しています。
トゥアンは個人が自己を意識するためには、ある程度確立された部屋やプライバシー権といった有形無形の個人空間が必要であることを指摘し、そうした個人の意識が翻って全体に及ぼす効果について記述しています。
例えば、家庭が家庭であるためには、常に家庭の構成員が同じ場所にいることが必要なのではなく、役割に応じた個人の空間が歴史的に存在し、それが全体を成立させていること。かつては複数人がベンチで食事をしたのが、近代化とともに個人の椅子、個人の部屋といった具合に分節化され、それが家庭や社会に対する意識を変えてきたといったようにです。
社会に対する意識が実は最も個人的な空間の有り様によって決まっていることを指摘するトゥアンの慧眼は時代を超えて適用可能で、多くのことを教えてくれます。家庭の電話が個人のスマートフォンに変化した影響は? CDやカセットテープの貸し借りがなく、プレイリストだけの世界における流行とは? ユクスキュルの提唱した環世界の哲学を地理的な文脈に置き換えたこの考え方は泉のようにアイデアを噴出させてくれます。
世界の膨大な情報に対する個人空間はどこに?
最近この本をもう一度手に取った時に、こうした考え方を個人の内面にも適用できることについて考えていました。たとえば、個人の中にも本当に誰にも見せない内面と、チームや会社の構成要員としての側面があり、チームの一員としての自分は誰にも見せない内面の世界から立ち現れるといったようにです。
これがわかりやすい形で見えてくるのは、個人の時間の使い方におけるアクティブな情報消費と、パッシブな情報消費の比較です。先日、NHKが2021年のデータをもとにしてとりまとめた「メディア利用の生活時間調査」を見てみると、年代も性別も問わず、基本的にはテレビや動画といったパッシブな、一方的に受け取るタイプの情報が多いのが普通になっています。雑誌・漫画・本の時間が少なくなっていますが、読書のすべてが内面的な時間ではなく、むしろYouTubeと似たような他に解釈の余地のない消費であることが多いことにも留意しなければいけません。
メディア消費の視点からみた私たちの日常は、誰かがそれを見るように仕掛け、誰もがそれを見ていて、自分自身の介入なしに流れ去る時間が過大な状態になっているのです。映画やドラマを早送りでみる「ファスト視聴」が問題視されていますが、見る側の立場で考えると作品やコンテンツばかりが多くて、それについて考える時間が足りなすぎる状況でもあるのです。
映画をみたときにその感情を持ち帰る場所、読書をしたときに想像力を逞しくして勝手に解釈を広げて楽しむ場所、ただ一人で自分を相手に私語を繰り広げる場所を意識して作らなければ、世界に持ち出す個性的な意見や感想も干上がってしまいます。
時間があまりにないため、最近は「この作品はこのように見るべし」「このように推すべし」といった近道も作品と同時に自然発生することが多くなっています。便利ではあるものの、それは自動運転で走る車のようなもので、ドライブの内容が変わっていることを意識しないわけにはいきません。
究極的に個人的な体験、究極的に個人的な嗜好、誰とも共有せずに熟成させた言葉。そういったものを保存する場所があってはじめて、どこかで誰かが仕掛けた言葉の同語反復にならないアウトプットが生まれ、それを通して他人と本当の意味でつながることができるようになると私は信じています。
そうした「精神の個人的空間」ともいうべき時間、あるいはツールを意識して選択しなければいけない。それが満たすべき要件はなんだろうか? が最近よく考えることだったりします。
これは紙の手帳なら必ず個人的な空間になるとか、Logseqなら大丈夫でEvernoteはだめといった機能的な話ではなく、ツールとの向き合い方そのものに立ち入らなければいけない話であるところがややこしくなっています。
個人の中で熟成される思考はどこにあり、それはブログやSNSや他人とのおしゃべりといった形でどのようにアウトプットされているのか。この情報の円環のなかに途切れめや、ツールとの対応付けがとれず無理が生じている部分はないか?
ここに次の知的生産の技術のヒントがある気がしています。
最近のトラック
わたしが初めて買ったCDは記憶が正しければDavid Arkenstoneの “Valley in the Clouds” で、裏庭の先にある道路を走るトラックの運ちゃんたちの無線が混線してスピーカーからたびたび聞こえてくるステレオコンポの前に座って聞いていたのを覚えています。1987年のことです。
そのころシカゴにはニューエイジとジャズを専門としているラジオ局があり、そこでシンセサイザーとアコースティック音源をさまざまにとりいれたアーティストの楽曲をずいぶんと聞いたものでしたが、いまになってもファンの手によってSpotifyでその手の楽曲のプレイリストが維持されています。
日本でも人気があったのでご存知のかたも多いと思いますが、Narada Productions に参加していたアーティストのプレイリストなど、いま聞いても名曲が多いですし、なによりも作業に向いています。
Lo-Fi Girlみたいに、この手のニューエイジ関係の楽曲だけの24時間チャンネルがないものかと、時折検索していますがこれというものが見つからないので、いまはSpotifyのプレイリストを消化するようにしています。
最近の記事
パスワードを安全に受け渡しできる1Password 8の共有機能
1Password を使っている人でも、まだ 1Password 7 のままという場合は多いと思います。しかし着々と 8 のほうも便利になっていて、新機能のラッシュが続いています。当初心配されていてたデザインの改悪も問題なくなってきていますので、ぜひ試してみてください。
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